(仮訳)『わたしは、ダニエル・ブレイク』ケン・ローチが語らねばならなかった物語

I, Daniel Blake story that Ken Loach had to tell

*留意点*
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  • 映画等作品名表記について:日本劇場公開作は『』で表記、未公開作は原題を<>で、(DVD等)邦題があるものについては邦題を『』で、ないものは日本語訳を「」で併記しています。
  • 「※」付きの説明は訳者註です。

80歳にしてケン・ローチはこのニューカッスルが舞台の物語の為に隠居生活から引き戻されてきた。カンヌ映画祭最高賞という素敵なボーナス付きで。(文:ヘレン・バーロウ)

ケン・ローチが『わたしは、ダニエル・ブレイク』で2つ目のパルムドールをカンヌで受賞した時、彼は心底驚いているように見えた。この英国社会保障制度の終焉についての物語は、概して、2006年のパルムドール受賞作で西コークが舞台の『麦の穂をゆらす風』(※記事掲載紙はアイルランドのコーク州が拠点)より小さな出来事のようだからだ。

「ほんとに驚くべきことでした。2006年と同じいつもの面子でこれを作った訳ですから」と脚本家ポール・ラヴァティ、プロデューサーのレベッカ・オブライエンをはじめとするいつもの製作スタッフについて語った。

『レイニング・ストーンズ』や『キャシー・カム・ホーム』といった他の素晴らしい作品のように、80歳の作家の最新作は小さな世界に焦点を合わせ、そしてまさに労働者階級の街であるニューカッスルこそ、ローチと相棒の脚本家ラヴァティはその舞台にふさわしい場所だと思った。

「ニューカッスルは素晴らしい街です」ローチは言う。「造船所や鉱山での労働者の長い闘いの伝統があり、とても強いアイデンティティがあります。ユーモアのセンスもすごくて、リバプールやグラスゴー、マンチェスターといった街のようにはっきりとしたアイデンティティがあります。この文化の豊かさというものが、仕事をする上で素晴らしい下地となります。ものすごくエネルギーを貰えるのです」

まず、グラスゴー出身で20歳若いラヴァティが足を使って全ての下調べをした。国中をまわってフードバンクで人々と話し、ニューカッスルのフードバンクを訪れた日は2000人の利用者がいたという。

「色々な話を聞き、色々な福祉機関や障がい者支援グループと活動を共にした後、何が衝撃的だったかというと、最も弱い立場にある人たちが如何に福祉切り捨ての矢面に立たされているかということです。」ラヴァティは言う。「障がい者と活動をしている人によれば、彼らは(健常者の)6倍は苦しんでいると言います。ある公務員が言ったとても酷い言葉に『低い所にある果実は狙いやすいターゲットだ』というものがあります。でも、この物語では、ダニエルは生業を持った、弱者ではない有能な人間です。友人もいる賢い人なのです。私たちは2人の有能で賢い人物を主人公として設定しました。そうでなければ、物語はもっと悲惨になっていたでしょう。」

それでも、ダニエルがもう働くことが出来ないにも拘らず傷病手当を断られたことで受けたあおりには胸が絞めつけられる。寛大な心の持ち主である彼は若いシングルマザーのケイティー(ヘイリー・スクワイアーズ)を手助けすることになり、強い絆で結ばれるようになる。ローチの多くの映画でみられるのと同じように、俳優たちの演技はとても自然で、登場人物が実在すると思ってしまうだろう。

タインサイド(※ニューカッスル等、北部イングランドのタイン川流域地域)のスタンドアップ・コメディアンのデイヴ・ジョーンズは、実際に映画の舞台となった場所付近の出身で、映画初出演となる本作でダニエルを演じる。一方、ロンドン生まれの女優ヘイリー・スクワイアーズはケイティー役を演じる。

「イマジネーションや感受性の豊かな俳優達と仕事をするのは本当にとてもやりやすいのです。」ローチは言う。「話の初めから順番に撮影するので、物語も俳優達に台本を渡していくにつれ展開していくことになるのです。ちょっとずつ。そうすることでまさにその場面で事が起こっているように感じますし、偶然を呼ぶのです。フードバンクの場面では実際に働いている人に出てもらいました。役所のシーンに出ていた人は以前そこで働いていた人達です。」

ジョーンズとスクワイアーズの演技はまさにこの映画の悲痛さを際立たせた。物語が描くにはとても厳しく難しかったとしても、俳優たちはローチがあらゆる場面で寄り添ってくれているという感覚があったという。「撮影は和やかで家族的な雰囲気に包まれていて、とても安心感がありました。」スクワイアーズは回想する。「撮影の前にみんなで一緒にリサーチをしたり話し合ったりランチをしたりしました。ケンと彼のチームと一緒なんです。これほど支えてくれる人たちはそういません。絶対に大丈夫と思えるのです。」

実際にローチとそのスタッフは、明るみになった事実、特に労働年金省での実情を前に急きたてられるように行動を起こした。そこで働いていた人達が、一般市民への対応の仕方を強要されて、どれほど嫌だったかを語ったと、ラヴァティは言った。「実のところ彼らは自殺願望を持たせるようにしむけられているのです。」

リートリムが舞台の『ジミー、野を駆ける伝説』製作後におそらく引退したはずだったが、ローチは作らなければならないという思いに駆られ『わたしは、ダニエル・ブレイク』の為に帰ってきた。

1990年の<Hidden Agenda>(『ブラック・アジェンダ/隠された真相』)以来ローチと共に働くオブライエンは、描いているのはシンプルな人間の物語なのだという。
「私たちがみせる物語の中にみなさんは自分自身の人生を重ねるでしょう。多くの映画はだれか他の人の物語です。自分とはかけ離れた世界の。私たちがここで描く物語はみんなが自分のことのように感じられるのです。」

色調調整も、とてつもなく重要だったとローチは言う。
「物語がとても力強いので私達は非常にシンプルでクリアな映像になるよう無駄を省かなければなりませんでしたし、飾り立てる必要もありませんでした。」

撮影のロビー・ライアンはアイルランド人で、『ジミー、野を駆ける伝説』でも撮影を担当した。

「彼は、無関係な動きや、カメラの前にいる人たちのエッセンスを捉えるのに邪魔なもののない、はっきりとして装飾のないスタイルの見つけ方について語っていました。」ローチは言った。

イギリスのEU離脱論争で、ローチはEUに残留してその枠内で変化をもたらすよう働きかけようと主張した―特に、今回の作品や、過去の彼の映画はEU諸国からの財源なしには製作出来なかったのだから。

皮肉なことに、ローチが映画の中で描いた人々というのはまさにEU離脱を招いた、失望した層であり、その結果は将来のローチ作品の資金調達に大きな影響を与え得ることになる。ローチの新作というものはありえるのだろうか?「次回作があるかどうかはわかりません。もうちょっと時間を置いてみないと。」監督は答えた。「映画が出来て良かったと思いますし、それについて話すのも楽しくやっています。でも製作そのものはとても消耗するのです。ウッディ・アレンにとっては簡単なんでしょうけど。私たちのような製作者にはまだまだ大変なことなんです。もちろん誰だって一生続けたいと思うでしょうけど。歳を取ってしまったら幸運を祈るしかないんです。翌朝日の出が拝めるだけでありがたいのです。だから日々を生きるしかないですね。」

※元記事:
http://www.irishexaminer.com/lifestyle/artsfilmtv/ii-daniel-blakei-story-that-ken-loach-had-to-tell-426393.html

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