『わたしは、ダニエル・ブレイク』日本公開版について(※ネタバレです)①/2<字幕について>

『わたしは、ダニエル・ブレイク』の日本での劇場公開もほぼ終わり、9月6日にはDVDも発売されました。

このブログを始めた目的は、「about」にもあるように、日本語化されていない一次情報をなるべくそのまま伝えることなので、あまり感想や個人的見解を書くつもりはなかったのですが、日本公開版、特に字幕について少し思うところもあり、更に日本語世界での感想を聞いていて気になったこともあったので、他に同じようなことを書いている方もいらっしゃらないようなので、参考までにこういう情報(?)を置いておくのもアリかな?と思い至り、書いてみることにしました。

但し、字幕については、「¿(仮訳)?」にも書いたように、私自身がイギリスの事情に特に詳しいわけでも、セリフを字幕なしで全て聞き取れるわけでもないので、あくまでも気がついた範囲内についてということになります。

字幕について

セリフ

ダンとケイティが初めて職安で会った後、ケイティの家に帰る道中で3本足の犬に出くわす場面:
ここでのデイジーのセリフは、字幕では「あの犬また来てる」でしたが、実際はshe’s back「彼女また来てる」と言っています。このセリフからデイジーが犬の性別を知っていることが分かります。このシーンでは、デイジーのこの言葉に対しディランやケイティも同じようにshe’s backと呼応していて、家族で3本足の犬を気遣っている(少なくとも関心を持っている)ことがうかがえるシーンだと感じたのですが、この字幕のように単に「犬」とするとそれが分からず、関心がないか、なんなら嫌がっているとも取れなくないかと思ったのですが、細かすぎるでしょうか。
説明としては「犬」とした方が分かりやすいのでしょうが、犬は画面に映っているのだから、「あの子また来てるよ」位になっていればあまり違和感は感じなかったと思います。

このセリフについては解釈の問題ですので、書くほどのことではないかとも思ったのですが、気にはなったので一応のメモという程度で。。。

職安でシーラ(最初にケイティと揉めていた方の職員)から求職者給付をもらうために就職活動を行うよう指南され、ダンが自分は病気で働けないのに傷病者手当を止められた旨説明する場面:
自分でそれ(求職者給付申請)を選んだのですね、というシーラの念押しyour choice, Mr. Blakeに、字幕では「仕方ないんだ」と返したことになっていますが、ここのセリフはNo, It’s not my choice「違う、俺が選んだんじゃない」で、次のセリフがI've got no other form of income「他に収入を得る術がない(んだから)」です。2つのセリフをセットにすると、「他に収入を得る術がないから仕方ない」でも意味としては通りますが、ここでダンはシーラが「あなたの選択」と言い放った事に対してNoときっぱり否定しているので、これを訳さないで単に「仕方がない」としてしまうと、泣き寝入りしているようで、かなり印象が変わってしまいます。
簡潔に短い言葉で上手く訳すのは難しいとは思いますが、とにかく「違う」という否定の言葉は省かず、不屈の魂をもつ尊厳ある労働者・ダンの人間性をきちんと反映した訳をつけてほしかったと思います。

夜、ケイティのベッドにやってきたデイジーの様子がおかしいのでケイティが事情を訊く場面:
字幕では、デイジーが学校で「イジメられたの」と言っていることになっていますが、実際にはmaking fun of me「からかわれている」と言っています。
壊れたぼろぼろの靴を履いているのをからかわれるわけですから、それは「いじめ」ともいえるのでしょうが、デイジーが母に伝えるために選んだ言葉は「からかわれている」なので、そのセリフから彼女が自分が「いじめられた」と感じているかどうかは推し量れませんし、仮に「いじめ」だと思っていたとしても、彼女はその言葉を選ばなかったのだから、よほどの理由がない限り、そのまま訳すべきだったと思います。
映画字幕の場合、字数の問題でやむを得ず意訳することもあるとは思いますが、この場合は「からかわれたの」なら字数も同じだけに何故敢えて変えてしまったのか疑問です。(多分、特にこだわりなく流れ作業的に訳したのかと思いますが。)

全体を通して、デイジーは出番が多いわけでも、(終盤に1人ダンの家に行く場面を除いては)強い主張のあるセリフがあるわけでもありませんが、その言葉や行動の端々からとても聡明で思慮深くやさしい少女であることがわかるように描かれているので、そこはもう少し丁寧にできないものかと思いました。

ケイティの「職場」にダンが行ってしまう場面:
取り乱すケイティに対して、字幕ではダンが「残念だ」と言っていることになっていましたが、これはI’m sorryという、単純極まりない言葉です。I’m sorryの訳といえば「ごめん」か「残念」「気の毒」位しかないのですが、次のセリフで「家では話せなかったから」と言っていますし、明らかにこんな所にまで押し掛けてきて「ごめんよ」と謝っている場面だと思うのですが、なぜ「残念」が採用されてしまったのでしょうか?ダンがあそこでいきなり説教臭い頑固ジジイのように「残念だ」と言ってしまうと思う方が難しいような気がするのですが、こちらが間違っているのでしょうか。。。

ここで挙げたセリフは、あらすじを追う上ではさほど重要ではないといえばないのですが、セリフがあらすじを説明するためにある映画と違い、ローチ/ラヴァティ/オブライエン映画は登場人物が実際に物語の中に生きている姿が映し出されているからこそ素晴らしいのであり、そのことに細心の注意を払って作られているだけに、字幕もその一翼を担っている意識を持って臨んでほしいのですが、日本の映画産業の環境を考えると何とも悩ましい限りです。

セリフについては全体的に量がとても多いので、全部を字幕にすることができないのもわかりますし、また、ユーモアの部分はなかなか翻訳しても分かり難いこともあり、大分端折っているな~と思いつつも、この点についてはこれ以上望むのは難しいかなとも思います。

電気料金請求書

物語の中盤(給付を止められ不本意ながら求職者給付のため形ばかりの就職活動中の)、ダンが「電気料金請求書」を受け取るシーンがありますが、それについての字幕表記が「電気料金請求書」と請求額「391.94ポンド」だけでした(額についてはもっと省略されていたかも?)。
この請求書は単なる請求書でなくFinal Demandと大書されている「最後通告」と呼べるもので、ここが最も強調すべきところだったはずです。現在のイギリスの電気料金の相場は分かりませんが、使用量569kwh分と記載されているということは、公営集合住宅の単身居住者の使用量としてはかなり長い期間の滞納分であろうと推測できます。ただ、この請求書が画面に映っている時間は非常に短く、料金や使用量の数値は、私も2度目に観た時に字幕ではなく請求書の方を凝視してやっと読めたので、やはり字幕には少なくとも最終通告である旨は書くべきだったのではないかと思います。

ダニエル・ブレイクの声明文

映画を観た方は分かると思いますが、この映画の主題は最後の葬儀の場面でケイティが読みあげたダンの声明文(役所への申し立て)に要約されています。日本公開版字幕ではこれもかなり端折ってあり、さすがにこれは映画の要なのだからなんとかもう少し丁寧に扱えなかったものかと思いました。
ということで、改めて、その全文(と拙訳)をここに出しておきます:

I am not a client, a customer, nor a service user.
私は依頼者ではない。顧客でもなければサービス利用者でもない。

I am not a shirker, a scrounger, a beggar, nor a thief.
私は怠け者ではない。たかり屋でもなければ物乞いでも泥棒でもない。

I am not a National Insurance Number, nor a blip on a screen.
私は国民保険番号ではない。スクリーンに一瞬出るノイズでもない。
 (※a blip on a screenは字幕では「エラー音」とあり、ダンが苦戦するパソコン操作のエラー音と掛けているのかとも思うのですが、ここでは、一般的な「取るに足りない物/事柄」という意味で使われていると解釈し直訳しました。)

I paid my dues, never a penny short, and proud to do so.
私は払うべきものは払ってきた。一銭の不足もなく。そのことに誇りを持っている。

I don't tug the forelock, but look my neighbour in the eye and help him if I can.
私はへつらって敬礼したりしないが隣人の目をちゃんとみているし、出来る限り手を貸す。

I don't accept or seek charity.
私は施しは受けないし求めようとも思わない。

My name is Daniel Blake. I am a man, not a dog.
私の名前はダニエル・ブレイク。私は人間だ。犬ではない。

As such, I demand my rights. I demand you treat me with respect.
従って、私は自分の権利を要求する。私はあなた方に敬意をもった処遇を求める。

I, Daniel Blake, am a citizen, nothing more and nothing less. Thank you.
私、ダニエル・ブレイクは一市民である。それ以上でもそれ以下でもない。(ご静聴) ありがとう。

この声明文は、昨年(2016年)10月の映画のイギリス公開の際、#WeAreAllDanielBlakeというハッシュタグでSNSで自分たちの経験をシェアし、社会のうねりにしていこうという全国(全世界?)キャンペーンでも繰り返し引用され、街角でゲリラ的に建物に投影するということもありました(所謂プロジェクションマッピング?)。

↓ダニエル・ブレイク声明文街角投影の様子(公式twitterアカウントより)

また、これを多少アレンジした声明文を色々な人が読み上げるという形のSNS用のプロモーション動画も製作され、この動画がほんとうに力強く、その後英国外で公開されるときも何カ国かで字幕付きで紹介されているのを見かけたのですが、日本では公式アカウントはもとよりまったく見かけなかったので、一応拙訳字幕をつけてTwitterで公開しましたが、こちらにも出しておきます。
分かっている限りの出演者:
ジェレミー・コービンJeremy Corbyn (イギリス労働党党首/英下院議員)
ケズィア・ダグデールKezia Dugdale (前スコットランド労働党党首/スコットランド議会議員)
マリ・ブラックMhairi Black (スコットランド国民党/英下院議員)
クリスティーナ・マッケルヴィーChristina McKelvie (スコットランド国民党/スコットランド議会議員)
パトリック・ハーヴィーPatrick Harvie (スコットランド緑の党/スコットランド議会議員)
コリン・フォックスColin Fox (スコットランド社会党/元スコットランド議会議員)

リッキー・トムリンソンRickyTomlinson (俳優/コメディアン/作家/市民運動家)
ジェイソン・ウィリアムソン Jason Williamson (Sleaford Mods:ミュージシャン)

ジャック・モンローJack Monroe (市民運動家/ブロガー/料理人)
キャット・ボイドCat Boyd (市民運動家)
アンジェラ・ハガーティAngela Haggerty (ジャーナリスト)

『わたしは、ダニエル・ブレイク』日本公開版について
(※ネタバレです)②<日本でみかけた感想を受けて>へ続く

back to
top