『わたしは、ダニエル・ブレイク』日本公開版について(※ネタバレです)②/2<日本でみかけた感想を受けて>

『わたしは、ダニエル・ブレイク』の日本での劇場公開もほぼ終わり、9月6日にはDVDも発売されました。

このブログを始めた目的は、「about」にもあるように、日本語化されていない一次情報をなるべくそのまま伝えることなので、あまり感想や個人的見解を書くつもりはなかったのですが、日本公開版、特に字幕について少し思うところもあり、更に日本語世界での感想を聞いていて気になったこともあったので、他に同じようなことを書いている方もいらっしゃらないようなので、参考までにこういう情報(?)を置いておくのもアリかな?と思い至り、書いてみることにしました。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』日本公開版について  (※ネタバレです)①<字幕について>からの続き

日本でみかけた感想を受けて

フードバンクの缶詰

フードバンクでケイティが思わず開けてしまった缶詰の中身が日本では馴染みがなく、何か分からない方がおられたようですが、あれはベイクド・ビーンズbaked beansという、トマトソース(甘め)の煮豆で、イギリス/アイルランド文化圏では(他でも?)安価で腹もちのよい定番中の定番の惣菜です。つまり、ケイティが空腹に耐えきれず衝動的に缶を開けるならこれしかないという物なのですが、日本での感想で「スープ」「トマト缶」等と言及されてるのを見かけたので、念のためここに書いておきます。

ちなみにあれを「トマト缶」だと言っていたのは、ローチのインタビューを特集していたテレビ番組の若いキャスター(本人曰くイギリス育ち)で、彼女が「イギリスに住んでいたのに今までケン・ローチを知らなかった」と恥ずかしそうに言ったことよりもずっと衝撃でした。ローチを知らない若者はそれなりにいると思うのですが、ベイクド・ビーンズをみたことのないイギリス在住経験者はちょっと想定外でした。そして更に、空腹に耐えきれず思わず開けてしまうのが「トマト缶」だと思ってしまうということは、この人は空腹という感覚すら分からない人なのかなとも思い少し恐ろしくなりました。

朝食の一品としても定番のベイクド・ビーンズ

人種/移民問題?

日本での感想を読んで、この映画の中では全くクローズアップされていない人種や移民の問題について言及している人が多いことも気になりました。ダンの隣人チャイナを「移民」と表現している人が少なくなく、さらに「『黒人』だから文化が違うダンとは諍いがある」というようなことを言っている人もいましたが、あの映画を観てその感想が出てくる意味が正直よく分かりません。

脚本ができた段階で、チャイナに関して人種や民族的背景の設定はなく、キャスティングのオーディションでたまたま選ばれたのが彼(Kema Sikazwe:ニューカッスル出身のラッパー/ソングライター/俳優)だったと製作側が言っているように、チャイナは都市の公営住宅に住むしたたかな現代の若者でしかなく、(彼の発音からも)「その辺の兄ちゃん」にしか見えませんでした。仮に乳幼児時代に移住してきていたら定義上は「移民」かもしれませんが、そんなことは全くこの映画では示されていないし、ダンという昔堅気の職人気質の隣人とのやりとりから見えるのは世代間ギャップを超えた非常に友好的で微笑ましい関係で、むしろこの映画の中で一番ホッとできたりユーモアのあるシーンを提供してくれていたのがチャイナだったと思いますし、多くの方もそこは共感できるのではと思います。また、チャイナの人種にことさら反応している人は彼の相棒のパイパーの存在は見えていなかったのでしょうか?謎です。

そして、チャイナの件よりさらに驚いたのはケイティをも「非白人の移民」と捉えている人がいたことです。個人のブログ等の感想だけでなく、テレビの映画紹介コーナーで、それなりに著名なアメリカ育ちの「国際政治学者」までもがケイティを「白人ではない移民」と紹介していたのです。これには絶句してしまいました。

ケイティを演じるヘイリー・スクワイアーズの細かい人種/民族的背景は全く知らないので、実際彼女にどのような「血」が入っているかは分かりませんが、少なくともそのことが彼女のキャスティング上のポイントになったと思えませんし、「ケイティ・モーガン」は英語系の名前なので「ロンドン出身の英語系名の女性」以上の意味はないと思うのですが、何をもって「白人でない移民」と言ったのか。ケイティが黒髪で瞳も暗い色だから?金髪碧眼以外は「非白人」ということでしょうか?どこにでもいそうなイギリスのお姉ちゃんにしか見えなかったのですが。。。デイジーがアフリカかカリブ系の血が入ってそうだから??でもそれは多分父方ですよね?弟のディランにはその要素がみえないし。何れにせよ、ロンドンの多様性はケイティ一家からみえてくるとは思いますが、移民とか人種とかいう話では全くないと思います。

念のためもう一度改めて確認しておきますが、実際にケイティが白人か否かということをここで問題にしたいのではありません。(そもそも白人の定義も良く分かりませんが。)物語の中でケイティはロンドンから来たシングルマザーでしかないにも関わらず、日本でこの映画を観た人の中に、そこに描写されていないケイティの人種/民族的属性をみようとした(気にした)人がそれなりにいたということに愕然としたという話です。

こういう感想を持つ方は、マスコミの「欧州の移民問題と右傾化」情報に流されて、おかしな深読みというか曲解をしているのだろうと思いますが、むしろこの映画は、イギリスの深刻な社会問題の本質は、そういった保守党政府や極右が煽る移民問題などではなく、政府による新自由主義・緊縮政策が招いたものであるということをつまびらかにしているわけで、それが伝わらないというのは中々日本の闇は深いな~と改めて思い知らされました。

また、「ダニエルはEU離脱とUKIPに投票しただろう」や「ドイツに住んでいたらAfDに投票しただろう」という感想も見かけましたが、まあEU離脱には、あるいは投票したかもしれないなあとは思いますが、ダンは移民がどうのという話は一切していないし、彼の困窮の原因は社会システムの破綻だということも分かっている様なのでUKIPやAfDはあり得ないと思うのですが。。。
でもこれも、私の目にローチ/ラヴァティ/オブライエン・フィルターがかかり過ぎているのかもしれません。

以上、思うところを徒然と書いてしまいました。情報等については正確を期すよう努めたつもりですが、もしも誤情報等ありましたらご指摘いただけたらありがたく存じます。

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